(日常の先に 潜む死のリスク:1)用水路、死の危険 年100人以上死亡

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 住宅地や農地のそばにある用水路には、思わぬ危険が潜む。落ちて溺れるなどしてここ数年、全国で年に100人以上が亡くなっている。身近な生活環境に溶け込み、転落が死に直結すると想像しづらいうえ、対策も後手に回っている。

 ■転落して動けず、浅くても溺れる

 「おとお、おとお、起きろ――」。2年前の4月12日朝。岡山市東区の福田浩一さん(38)は、自宅の裏を流れる用水路(幅約2・7メートル)に飛び込み、父の成生(しげお)さん(当時70)の体を抱き寄せて叫んだ。反応はなく病院で溺死(できし)と判断された。

 JR岡山駅から約10キロの田畑や住宅が混在する地域。成生さんは自転車で近所にごみを出しに行く途中、用水路にかかる柵のない橋(幅約2メートル)を渡っていたとみられる。橋は市が管理していた。浩一さんは「流れは普段より速く感じたが、水深は1メートルに満たなかった。バランスを崩して落ち、パニックになったのかもしれない」と話す。

 成生さんは約30年前に交通事故に遭い、右半身が少し不自由だった。事務などの仕事を続け、数年前に退職。浩一さん宅の隣で妻の博子さん(69)と暮らしていた。事故の日は孫の小学校の入学式。浩一さんは「ランドセル姿を見たかっただろうな」と悔やむ。

 成生さんが亡くなった数日後、橋に柵が取り付けられた。「事故が起きないと動いてくれないのか」と浩一さん。博子さんは今もその橋を渡れずにいる。

 3日午前には埼玉県羽生市で、自転車とともに用水路に落ちたとみられる85歳の男性が死亡しているのが見つかった。

 朝日新聞が47都道府県に用水路での死亡事例を尋ねたところ、各自治体が把握しているだけで2017年度までの3年間に計339人が亡くなっていた(岡山のみ「年」単位)。17年度が104人、16年度が125人、15年度が110人。反射神経や平衡感覚が衰えがちな高齢者が目立つ。

 各自治体で集計方法が異なり単純に比較できないが、多く把握していたのは岡山(73人)、富山(68人)、熊本(43人)、埼玉・香川(14人)、秋田(13人)など。12都府県は「把握していない」「把握できる範囲で0人」と回答。実際はさらに多い可能性が高い。

 岡山など瀬戸内海沿岸部では、干拓で張り巡らされた用水路が市街地に残る。富山の農村部などでは水田地域に住宅が点在。熊本や埼玉などでは、もともと農地で宅地開発が進んだ地域が目立つ。帰宅途中や掃除中などに落ち、幅数十センチ、水深10センチほどの場所でも亡くなることがある。

 奈良県立医科大の羽竹勝彦教授(法医学)は「側壁や底に頭や首を打ちつけて大けがを負い、倒れたまま気を失ったり体がはまって起き上がれなくなったりすると、水を多量に吸い込んで死に至る」と指摘する。

 一方で、柵やふたの設置といった転落防止策はなかなか進まない。農家の組合組織である「土地改良区」や市町村など管理者側の担当者の多くは「全区間に対策を施すには費用がかかりすぎる」と話す。 (朝日新聞記事)